ことばの海

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2018-01-01から1年間の記事一覧

勇者と鍛冶屋(3)

「やっぱり親父のようにはいかんかね」 ジリジリと蝉の声が五月蝿い。 俺は、先端が欠けた刀を、やりきれない想いで凝視した。 「はい、申し訳ないです」 固くにぎりしめた手は少し湿っていた。その湿り気がなぜか神経を逆立てる。 「いや、君のせいじゃあな…

勇者と鍛冶屋(2)

工房から、鉄を打つ音が微かに聞こえる。 規則正しいリズム、俺がよく聞き慣れている音だった。もはや生活音と言っても過言ではないその音だが、自分の鼓動のリズムと微妙にずれていて、どことなく不快だった。 「なんで」 店には俺一人のはずだった。 店の…

鍛冶屋と勇者(1)

雨が窓を叩く。掛け時計のチクタク音をかき消すような強い雨だ。今日は虫の音も、梟の鳴き声も聞こえない。 燭台の上に一本の蝋燭。それが、この部屋を照らす唯一の光源だ。あまりに弱々しく、か細い。 カウンターに突っ伏してみる。普段は木の温もりを感じ…

みきちゃん

「え?」 雨音で声が聞こえなかったから、僕は聞き返した。 「だから、今日一緒に遊ぼうよ」 嘘だ。 本当は聞こえていたけど、その時の僕には聞きたくなかった言葉だったから、諦めてくれないかなあと思ってもう一度聞き返したんだけど、やっぱりダメだった…

お知らせ

当ブログを読んでいただき、ありがとうございます。 実は、前回の記事からとある試みを始めております。どなたからかお題を頂いて、それに沿って書いていく、という試みです。 つきましては、お題を提供してくださる方を募集しております。 記事にコメントし…

林檎

台風がやってきたから、少し昔のことを思い出した。 「だからぁ、絶対青林檎の方が美味しいんだって」 スーパーに買い物に出かけた時、「旬だから」とリンゴを籠に入れた私に、君は「買うなら青林檎だ」と言った。 「いや、それ何が違うのさ」 リンゴに拘り…

ある冬の日(終)

朝、カーテンを開けると、外は一面の雪景色だった。 昨日の夜は、久しぶりに目を覚まさなかった。それだけ深い眠りについていたということだろうか。 受験勉強のストレスもそろそろピークに達しそうで、毎日自分の神経が石臼で挽かれているような気さえする…

ある冬の日(3)

「増築する」 「え」 突然祖父がそんなことを言い出したので、私は咄嗟に「どこを」と聞き返していた。 そんなの自分の家に決まっているだろうに。 「そんなの自分の家に決まってるだろ」 あれから半月が経った。 祖父は検査のために丸1日入院したものの、特…

ある冬の日(2)

厭だなぁ、と思った。 自分の部屋のカーテンを開けたら、墓が見えた。ごく普通の感覚なら、厭だと思うのは普通なのだろうが、部屋がなんとなく薄暗いせいか、それとも少し古めかしいせいなのか、普通とは違う異質な嫌悪感が這い上ってきた。 「これで全部か…

ある冬の日(1)

あれは中学生の頃だっただろうか。 まだ実家は増築されていなかったから、私が高校生より前だったことははっきり覚えている。 高校生になり、私は部活のため遅くまで帰ってこないことが多くなった。 そして、生活リズムが他の家族と大きくズレるようになった…

東京

人壁、そこに無理矢理ギターケースを滑り込ませる。かなり強引に押し込んだ。邪魔なのは分かっている。視線が、舌打ちが、ギターケースと、それを持つ私に向けられていることも分かっている。 しかし、それを跳ね除ける強かさと、最大限周りに配慮する謙虚さ…

継・嫉妬しますよ、その文才。

嫉妬とは醜い感情である。 しかしながら、嫉妬とは時に凄まじい力を持つ。私がこうして言葉を紡いでいるのも、単にその嫉妬のおかげである。 かといって、この言葉を紡ぐ行為自体が素晴らしいものかと言えば、それは甚だ疑問である。 要するに自己満である。…

プレゼント

十二月に入ると、途端に街は騒がしくなる。絶えず流れるクリスマスソング。一層大きくなる客引きの声。駅前にはイルミネーションが設置され、様々な色の電球が煌びやかに輝いている。 久しぶりに訪れた新宿は、冬とはいえやっぱり嫌な臭いが漂っていた。人混…

列だ。長い長い列だ。十一月も半ばを過ぎ、静かな冬の空気が漸く東京にも訪れた。地元の片田舎なら、とっくのとうに一面霜が降りている時期である。その煤竹色の田畑が広がる風景と、一年中ネオンが光り輝く都会との違いに、眩暈さえ覚えるようである。とは…