ことばの海

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勇者と鍛冶屋(3)

「やっぱり親父のようにはいかんかね」

ジリジリと蝉の声が五月蝿い。

俺は、先端が欠けた刀を、やりきれない想いで凝視した。

「はい、申し訳ないです」

固くにぎりしめた手は少し湿っていた。その湿り気がなぜか神経を逆立てる。

「いや、君のせいじゃあないよ。すまないね」

壮年の剣士は、そう言って床に目を落とした。

「本来、刀を盾替わりに使うこと自体が間違っているんだ。そうなっちまった時点で、あいつの力量がそこまでだってことさ」

親父の作る剣や刀は、斬れ味は勿論、その頑丈さにおいて右に出るものはなかった。

「俺にもっと技術があれば・・・」

剣士は、そっと自分の口に人差し指を当てた。

「おっと、それ以上言うのは相棒に対する侮辱と捉えるぜ」

俺は、何も言えずに頭を下げた。

 

剣士がカウンターに置いていった金貨に、なかなか手がつけられなくて夜が来た。

夜風は部屋にやって来ない。汗ばんだ服が肌に吸い付いてなんとも言えない不快感を覚えた。

蝉は、もう死んでしまったかのように静かだ。

「俺達は信じるしかねぇんだ。お前がこの街を背負って立つ鍛冶屋だからな」

そう言い残した剣士の言葉が、鉛のように気道を塞ぐ。

お代は結構ですから、といった俺に対し「仕事には見合った報酬を、だ」と無理矢理金貨を置いていったのだ。

ちょっと兜の修繕をしただけじゃないか。等価交換であるなら、俺は寧ろ片腕程度は差し出さねばなるまい。

「刀は、あいつの墓に一緒に埋めるさ。気に入ってたかなら、お前さんの刀」

なんであんなことを言うのだろう。そんな悲しそうな目で。

あの日から、俺は何百という剣や刀を作ってきた。それが生きる意味だった。そのおかげで、時には自分の技術に自信がついたこともあった。

しかし、その度に突きつけられる現実。親父との間に高くそびえる壁。武具を通じて浮かび上がる親父の面影に、憧れ、畏れ、取り憑かれたかのように鎚を振るった。

それでも届かなくて、俺の武具を使った人達が死んで、父が工房で鎚を振るう夢を何度も見た。

ランプの明かり一つだけの部屋は、今にも闇に食い尽くされてしまいそうだ。

結局、届かないのか。

「よぅ」

突然、店の扉が勢いよく開いた。

「お前はいつも急だな」

見慣れた勇者が、無遠慮に近づいてきた。

「また頼むわ」

 

「だから、毒鋼虫の類を斬ったあとはいつも以上に手入れしろって言っただろ」

勇者は、約束通り時々店にやってきた。

「血の酸性が強いんだっけ。でもお前の親父の剣なら大丈夫だろ」

大概、親父の剣を酷い状態にして持ち込んでくるので、その度に毎回強く言い聞かせるのだが、モノが良いからか、一度も致命的な損傷まで至ったことは無い。

こういうことがあるから、俺は苦しいんだ。

刃を砥石に当てながら、頬を伝う汗を感じていた。

「また思い詰めてんのかよ」

部屋の隅の暗がりから、勇者の声がする。

「うるせぇよ」

顎まで伝ってきた汗を服で拭う。繊維が髭に引っかかる。そういえばいつから髭、剃っていないんだろう。

勇者の声は闇を切り裂いて届く。

「親父さんだって、同じことで悩んでたんじゃないのか」

親父が・・・

虫の音が、弱々しく聞こえた。

「自分だけが悩んでると思うのは、それこそ思い上がりってやつだぜ」

そういえば親父は、時々ふらっと街を出ることがあった。花束で満載になった荷車を引いて。

俺が物心ついた時から、父は天才だった。ではその前は。自分の過去は語らない人だったから、推して知るしかない。

「なぁ」

俺は闇に向かって声をかけた。

「なんだよ」

どんな表情をしているのかは、ここからでは分からない。

「いつかお前に、俺の剣を握らせてみせるからな。覚悟しとけよ」

闇が、微かに笑ったように感じた。

「楽しみにしてるぜ」

夜はまだまだ明けそうにない。

虫の音は、先刻よりはっきり聴こえるようだ。

 

 

ー続ー