ことばの海

Twitter→@Ariadne748頑張って書いてます。スター励みになります。コメント頂ければ幸いです。

鍛冶屋と勇者(1)

雨が窓を叩く。掛け時計のチクタク音をかき消すような強い雨だ。今日は虫の音も、梟の鳴き声も聞こえない。

燭台の上に一本の蝋燭。それが、この部屋を照らす唯一の光源だ。あまりに弱々しく、か細い。

カウンターに突っ伏してみる。普段は木の温もりを感じられるそれも、今日は何故か冷ややかだった。顔を上げて、顎を腕に載せる。体が重い。伸びた髭が服に引っ掛って、そういえば最近髭を剃っていないことに気づく。

憂鬱、というのはきっとこんな感じなんだろうなぁと、ぼんやりと考えた。今まで生きてきて、これほどの喪失感を味わったことがあっただろうか。

薄ぼんやりした部屋の隅に、一振りの剣。ガラスケースの中に丁寧に収められたそれを、ちらと見る。美しい。

だからなんなんだ。

どうしようもなくなって、蝋燭の炎を吹き消した。そしてもう、何も見えなくなってしまった。

 

 

「一番いい剣をくれよ!!」

入口のドアを勢いよく開けた音と共に、よく通る声が店に響いた。

あいつと出会ったのは、それが最初だった。

「あ、あの」

蒸し暑い外気が室内に流れ込んでくる。

「あんたの店にすげーいい剣があるって聞いたんだよ!その剣を俺にくれよ!な!?」

入ってくるなり、そうまくし立てたそいつは、いかにも俺の嫌いな話の分からないタイプのガキ、という風貌だった。

ただ、そいつの頬には何があったのだろうか、随分昔に負ったと思しき十字傷が刻まれていた。

「お客さん、俺と同じくらいの歳だろ。お金、もってるのかよ」

「ない!」

少年は真っ直ぐに俺を見て、悪びれもせずにそう答えた。

その横顔を、斜陽の光がオレンジ色に照らす。

「あのなぁ」

そいつが言っている剣というのは、親父が鍛えたあの剣のことだろう。

「お金もないのに剣をくれ、だなんて、少し虫が良すぎるんじゃないか?」

父の腕は一流だった。

”剣は実際に使われてこそ価値がある”と父は常々言っていた。だから店に剣が置いてあることは殆ど無かった。そして父の名前は、その剣と共に各地へと伝わっていった。

そんな父が遺した剣は、いま店にある唯一の剣だった。

何故なら、俺の作る剣は父のそれの足元にも及ばない出来だからだ。

「俺は勇者だ。だからその剣が必要なんだ」

俺は思い切り店のカウンターを叩いた。

「お前が欲しいって言ってんのはな、この間のモンスターの襲撃で死んだ親父が鍛えた剣だ。俺にとって形見みたいな大事な剣を、金もねぇやつにおいそれと渡すわけねぇだろ!」

一気にそこまで、半ば叫ぶように怒鳴った。頭の中を血がドクドクと巡っているのが感じ取れた。熱い息が、閉じた口の隙間から漏れた。

自分でも、何故そんなに取り乱しているのか理解できなかった。ただ、あいつの佇まいや振る舞いから、よく分からない何かを感じ取ったのかもしれない。

顎先から汗が垂れ落ちた。蝉の鳴き声が、耳の中で何度もこだましている気がする。

「俺は勇者だ」

あいつは身じろぎ一つしないで、真っ直ぐこちらを見つめて言った。その瞳は純粋に澄んでいるようで、その奥には深淵が見えるようであった。

頭の中が混乱している。感情を整理しながら、ゆっくりと顎をさすった。にきびが少し痛んだ。

取り敢えず俺が口を開こうとした時、けたたましい音が街に響いた。モンスターの襲撃を知らせる鐘の音だ。父が命を賭して守った教会の、その塔の鐘だ。

「また来やがったのか」

窓の外を確認すると、逃げ惑う人々とそれに逆行するように向かっていく兵士たちが、混然一体となっている様が見えた。

前回の襲撃で、街の防御施設は甚大な損害を被った。その状態でまともに戦闘を展開できるかは、正直言って疑問だった。

「今回はさすがにまずいんじゃ…」

逃げ惑う人々、倒れ伏す兵士、人間の叫び声とモンスターの咆哮とが混ざり合う。あちこちで上る黒煙、崩れかけた家屋。街は、火薬と血の匂いで充満している。

そんな光景がフラッシュバックした。

「早く剣を俺に!」

そいつは、まだそこに居た。

「お前まだそんなこと言って…」

途端、そいつが俺の腕を掴んだ。少年の顔が、ぐっと近づく。

そいつの瞳は、相変わらず澄んでいて、それでいて深淵を湛えていた。

「俺とお前の親父の剣で、この街を救うんだよ!」

 

~続~