ことばの海

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分岐器の人たち。

あぁ、この人に出会ってしまったから自分の人生が変わったのだろうなぁ…という人たちは意外と多くいる。人生を左右する、というとそれは言い過ぎだとは思うが、それでもこの人と出会わなかったら絶対にいまの自分を作る要素の、少なくとも1つは欠落していただろうなぁと思う人は居るのだ。だから、まるで線路の分岐器ようだ、と陳腐な比喩を用いてみたわけなのさ。

 

というのも、今日久しぶりに分岐器のひとりと言葉を交わしたから、こんな思いに駆られているのかも知れない。振り返ってみてもその出会いが良かったのか、悪かったのか、そこの所は未だによく分からない。分からないが、良い出会いだったのだと信じたい私がそこに居る。それで充分だと思いたい。充分だと思っていれば良いんじゃないかな。

 

自分は自分で作られているようで、多分皮の内側には今まで他人から得てきた言葉やら、知識やら、記憶やら、もう何なのか判然としない塊やらが、ドロドロとスープのように溶け合って詰め込まれている。他人無しに自分を語ることはできない。他人がいなければ自分を証明してくれる人は居ない。しかし、他人と自分を分断している何かは恐ろしく有能で、何物も通さないようにできている。そんな不安定な自分という存在は、同じく不安定な他人と共鳴して、混じり合う一歩手前まで進んで、お互いを変えていくのだろう。

 

私にとってあの人は、どういう人だったのか。それは誰にもわからないのかも知れない。でもあの人が居なかったら、もしかしたら…

そして私が居なかったなら、誰かの人生の何かは、今あるカタチとは違ったものになっていたのだろうか。

そんなことを取り留めなく考えてた、過去に想いを馳せる。

 

そんなことしても、何も意味は無いんだけどさ。