ことばの海

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弱小野球部の高校生活(1)

相場は夏と決まっている。何がって?そりゃ高校野球に決まっている。

日本中が熱狂する、あの高校野球である。

甲子園という舞台では、毎年幾多のドラマが生まれる。それは生まれるべくして生まれるドラマだ。俺たちのような者には程遠い、エキストラとしての出演すら許されないドラマだ。

「よし、次サードいくぞ」

カコンという子気味良い音が、春風に乗っていく。

ボールをよく見る、バウンドにリズムを合わせる。呼吸が、フットワークが、グローブを出すタイミングが、全ての歯車が噛み合う。

スローイングの瞬間、全神経はボールに回転をかけるために指先に集中する。その回転が空気を掻き分け掻き分け、綺麗な線を描いてファーストのミットに吸い込まれる。

この一連の動きを無駄なく行うためだけに、今まで何千時間と費やしてきたことだろう。そして、それはこれからも続いていく。

花粉症を患っているからか、目が少し痒い。薬が切れてきたかもしれない。でも、今はそんなことを気にしている暇はない。

 

目指すべきは、甲子園。それは夢のまた夢だ。というか、遠すぎて何だか霞んで見える。実感がない。

野球を始めて十年近くが経った。十年やっていれば、それなりに上手くなる。力がつく。技術も向上してくる。

それと同時に、自分に見限りがついてくる。どうしても越えられない壁はある。初めから持っている才能の違い、単純な体格の違い、もっと根本的な、野球に向き合う心持ちの違い。正直、その辺はどうやったって越えられない。

 

肩をぐるりと回す。重い。まぁ、それも仕方ない。

雷管の音が聞こえる。恐らく陸上部だろう。今は内野ノック中だから、グラウンド後方は陸上部が使っている。

大して成績も残していない野球部が、我が物顔でグラウンドを大きく使っているのには少し違和感があるが、それでもせっかく綺麗に整備したのにボールを取りにのそのそと入ってくるサッカー部の連中を見ると、つい声を荒らげてしまうので、結局俺も変なプライドを持っているということなのだろう。

「もういっちょサード行くぞ」

「お願いしゃす!」

カコン、という規則的な音。

何となく春は好きになれない。身体の全てが重い。暖かい陽気に、心までキレがなくなってくる。だからなんだと言うのだろう。

打球のバウンドが変わる。「あ」と思う間もなく、ボールはグラブの端を掠めていく。

「足が動いてねぇぞ、横倉ァ!」

監督の怒号が飛ぶ。

うっせぇな。

「もういっちょお願いしゃぁす!」

カコン。

見る、合わせる、捕る、投げる。全ての歯車が噛み合い、ファーストミットにボールは収まった。

そういえば、明日は英語の小テストがある。今日は何時に家に着くだろうと考えながら、帽子を被り直す。

風呂に入って、夕飯を食べて、テスト勉強をして諸々をこなして、きっと就寝までに日をまたぐことになるだろう。

「何やってんだ柴田ァ!」

セカンドの深いところの打球を処理した柴田の送球は、あらぬ方向へ流れていった。いわゆる、ボールが手につかないという状態で投げたのだろう。

「ほんと、何やってんだろうな」

 

 

 

ー続ー