ことばの海

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勇者と鍛冶屋(2)

工房から、鉄を打つ音が微かに聞こえる。

規則正しいリズム、俺がよく聞き慣れている音だった。もはや生活音と言っても過言ではないその音だが、自分の鼓動のリズムと微妙にずれていて、どことなく不快だった。

「なんで」

店には俺一人のはずだった。

店の奥に進み、ドアノブに手を掛け、ゆっくりと工房の扉を開ける。

鉄を打つ音がより強く響いてきた。

ハンマーを振り上げているその背中は、よく見慣れたそれだった。

「親父・・・」

 

俺は覚醒した。世界は、薄明かりの中から徐々に輪郭を取り戻しつつあった。

 

カンカンカンと、金槌の音が聞こえる。

「街の復興はどうだい」

あいつは、やっぱり勇者だった。

「お陰様で、もうすっかり目処がたったよ。勇者様」

あの日、彼は街を救った。それは街の人々の知るところとなり、「まさに勇者だ」と感謝と期待を込めて迎えられた。

「俺、そろそろ旅に出ようと思ってんだ」

剣の代金を持っていなかった彼は、その代わりとして数ヶ月間、街の防衛の任務に携わっていた。

彼の実力は本物だった。あれから街は何度かモンスターの小規模な襲撃を受けたが、その度に彼を中心とした兵士たちが退けたのだ。

「確かに。街はもう大丈夫だろ。安心して行ってこいよ」

東方の街を一人の少年が救ったという話は瞬く間に広まり、モンスターを狩って生計を立てているハンター達が、彼を仲間にすべく続々と街にやって来た。

結果的に、彼は誰とも組まずに、あくまで街の防衛のためにモンスターと戦った。しかしながら、集まったハンター達は各々に仲間を見つけ、この街を拠点に置いた。

そして、それを相手に商売を始める者が出ると、ハンター達はさらに集まり、増えた依頼を統括するためにギルドが設置された。

街は瞬く間に潤い、復興は大いに早まった。

今や昼はたくましいハンター達が、依頼を受けては街の人々に盛大に送り出され、夜は酒場で兵士やハンターや街の人々が杯を酌み交わすようになった。

街は確実に、以前よりも活気づいた。

「だな。兵士の統括は師団長のナントカっていう兄ちゃんに任せておけばいいしな」

モンスターの襲撃を多く受けること、そしてギルドが設置され、人材が豊富にあるということで、ついに中央政府からこの街は対モンスターの最前線都市の一つとして扱われるようになった。

王都から正規軍が派遣されると、そのリーダーとなる師団長がこの街の防衛を取り仕切ることになったのだ。師団長の指揮能力は高く、かの勇者も一目置いていた。

だから彼も、安心して旅立てることだろう。

「行ってこいよ」

「ああ、剣の手入れが必要になったら、また戻ってくるさ」

あの時と同じ色の斜陽が、勇者を照らす。心なしか、あの時より大人びて見える。

協会の塔の上、鴉が一声だけ鳴いて、飛び立って行った。

 

三日経って、勇者は旅立って行った。街中からの感謝と激励を受けて。

また新たな街を救いに行くらしい。

何故彼が、身を削って街を救おうとしていたのか。俺は興味が湧いて、旅立ちの日にそれとなく聞いてみた。

彼は一言だけ、自分の生まれた村の名前を口にした。

「だからだよ」

数年前、モンスターの襲撃を受けて廃村となった村の名前だった。

確か、生存者は一名だったと記憶している。

 

勇者を見送った後、俺はすぐさま店に戻った。

工房の扉を勢いよく開けた。

父の幻影は、未だ網膜に焼き付いて離れない。

 

「やってやる」

 

 

〜続〜