ある冬の日(2)
厭だなぁ、と思った。
自分の部屋のカーテンを開けたら、墓が見えた。ごく普通の感覚なら、厭だと思うのは普通なのだろうが、部屋がなんとなく薄暗いせいか、それとも少し古めかしいせいなのか、普通とは違う異質な嫌悪感が這い上ってきた。
「これで全部か」
振り向くと、文庫本が入った段ボール箱を抱えた祖父が立っていた。
「そうだね。ありがと」
「いやぁしかし、お前にこの部屋を使わせることになるなんてなぁ」
祖父は、どこの訛りかわからない言葉を使う。地方で農業をしている家に生まれた祖父は、その父、つまり私から見て曽祖父の仕事の関係で東京に移り住んだ。
程なくして、東京は火の海になった。
「部屋は気に入ったんだけど、このスタンドがちょっと光強すぎるんだよね」
祖父は座り込んで、段ボール箱の中の文庫本をパラパラとめくった。
「そうか、まぁ好きなのを買うといいさ。今はインターネットでなんでも買えるんだろ」
今では老若男女問わず、インターネットを使うことがステータスになりつつある。
祖父もスマートフォンを持っているのだから、自分で買い物をすればそれで済む話なのだろうが、本当に拘っているものを買う時は自分の目で見ないと気が済まないらしく、時折趣味に使う物を買いに出掛けていく。
気晴らしも兼ねて出掛けられるし、何より家に篭もりっきりでボケられたりでもしたら困るので、そういう意味ではとても良い習慣であると言えるだろう。
いずれにしても、しばらくはこの環境で過ごさなければならない。
スタンドを新しいものに交換した。
障子の隙間から漏れてくる冷気は、やっぱり少し気になる。
少し古いということもあって、この部屋にはエアコンがない。暖を取るために灯油ストーブを使うのだが、この交換がそれなりに面倒くさい。
2階から階段を降りて、裏口から外へ。刺すような12月の空気から一刻も早く逃れたい思いで、いそいそと灯油を注ぐ。そしてずっしりと重くなった灯油缶を、よろめきながら運ぶ。
さながら、軟弱な兵士が大砲の玉を運搬しているかのような恰好だ。
そんな足取りで運んでいるものだから、今日は部屋の入口の柱に、灯油缶を思いきりぶつけてしまった。柱には、小さな傷がついた。
怒られるほどのものでもないし、そんなことで怒られる歳でもないから多分大丈夫なのだろうが、一応家族には黙っておいた。
ともかく、この部屋での生活にも慣れた。
窓から見えるお墓も、日常の風景の一部になってしまえば、特に何も感じることもないし、WiFiの電波が弱いこと以外、この部屋に特に不満などなかった。
最初の頃この部屋に漂っていた祖父の整髪料の匂いも、いつしか私の生活臭の中に消えてしまっていた。
そして、祖父が倒れた。