ことばの海

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僻み     

彼にはこれといった信念がない。信念がないというより、それを探し回って迷っているような印象を受ける。精神的な芯がないわけではない。寧ろ彼は、他の人間よりも強靭でしなやかな芯を持っている人物だ。しかし、その拠り所が問題なのだと、私は思う。

 私が彼と出会ったとき、彼の顔には人懐こい笑みが貼り付けられていた。私は大学生という人種が嫌いだ。交友関係は広い方がいい、コミュニケーション能力は高い方がいい、勉強はほどほどに、遊びや買い物にバイトで稼いだ金をつぎ込む。そんな絵に描いたような文系大学生が身に付けているような笑顔を、彼は前面に押し出していた。如何にも大学生というような、汚らしい茶色の髪が黒目に掛かるほど伸びている。言葉の尻尾に、間延びした母音がくっついたような喋り方も、すぐにご飯に誘おうとするその考え方も、何もかもが気に食わなかった。

 他人に対して気に食わないと思う。それはすなわち、その対象と一定時間過ごしたという証でもある。その例に漏れず、私は彼と付き合わなければならない関係だった。人間社会で過ごす以上、他の誰かと関わらずにはいられない。そうすれば自ずと嫌いな人間だって生まれてしまう。しかし、他人を知るにはその過程を通過しなければいけない。その過程で、嫌いな人も少しは好きになれることだってあるかも知れない。

 少なくとも彼は、私が最初に想像していたような人物ではなかった。彼は彼なりに悩んでいるのだ。アイデンティティの確立、それを彼は望んでいた。自分の存在を、周りとどうやって差別化を図るか、そんなことを彼が考えているなんてことを私は想像していなかった。そういえば彼は、幾度となく考え方が変わっているように感じた。周りから見れば、それはすぐに意見を変える芯の通っていない人間に見えるだろう。自分が最も順応できる価値観に出会えるまで、自分が納得できるまで例え考え方を変えることになっても、試し続けるという姿勢は、一見すれば変人である。しかしそれが彼の芯なのであり、行動理念なのである。

 そんな彼の裏側を知らずに、彼のことを悪く言う人間はなんて愚かなのだろう。私は本当の彼を知っている。それはなんて素晴らしいことなのだろうか。私は嫌いな人とだって、長い時間付き合っていられる。陰口を叩いたり、あからさまに拒絶したりするような奴らとは違う。彼だって、きっと私のことを素晴らしいと思っているはずだ。だって私だけが、彼の素晴らしさに気づいているのだから。