ことばの海

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スイングをする理由

私は両手に懐かしい衝撃を感じていた。振り抜いたバットは、やや遠回りをしてボールの底面を擦った。ボールは激しく回転しながら視界の端に消えていき、背後でガシャンと音を立てた。久しく忘れていた感覚を思い出すことは楽しい。そして、意外にも自分のイメージに、体の動きが付いていっていることに少し驚く。部活としてプレーしていた頃よりずっと伸びた髪から、汗がとめどなく流れてくる。

 よくプロ野球選手が言うように、打った時の記憶よりも打てなかった時の記憶の方が強く残るというのは真実である。バッティングセンターでさえ打ち損じれば、時折その記憶がフラッシュバックすることもあるものだ。厭な記憶というものは、連鎖的に他の厭な記憶をも呼び起こすから、鬱陶しいことこの上ない。タラレバは後悔しても仕方がないのだが、そういった記憶の中の自分の行動には思うところがあるのも仕方のないことだ。

 人生は選択の連続だから、もちろん間違った選択もしてしまう。違う方を選んでいれが良かったと思うことは多々あるが、果たしてそれが良い結果に繋がったのかどうかは分からない。あの時もう少しボールの上を叩いていれば、もう少し早めに音楽を始めていれば、彼女に傘を差し出していれば、と思い返せば後悔などいくつでもあるのだ。しかしその結果は、並行世界の自分に任せるしかない。今の私にできるのは、その後悔の念を込めてスイングすることだけだ。

 ゆっくりとバットを構える。肩の力を抜き、息を吐く。何度目かのスイングは、実際より早いタイミングとなり、体の重心が大きく前に傾いた。辛うじてボールには当てたものの、ふらふらとだらしのない放物線を描いて力なく落ちていった。

 人間は過去から学ぶことができる生き物である。だが、自分がこうして何度も何度もスイングしているのに、同じことで打ち損じている。その身近にある現実を見るだけでも、過去から学べるということと、それが成功に結び付くかどうかは全くの別物なのだろう。人生における選択だって、きっとこれから何度も間違うのだろう。

 唇まで流れてきた汗の滴を舐めとる。数年前よりもずっと悪くなった視力では、最早ボールの回転までは見ることができない。一段と目を細め、小指からグリップを握り直す。軽く足を上げ、先程よりもボールを引き付けるべくタイミングをとった。肘を折りたたんで、鋭くバットを振り抜いた。小気味いい音が鳴り響き、ボールは奥のネットに突き刺さった。しかし完璧ではない。完璧ではないから、私はスイングを続けるしかない。