ことばの海

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リンゴと切り身と厭な思い出

リンゴって素敵だと思うんですよ。ほら、日本の果物といえばリンゴじゃないですか。まぁ完全に独断と偏見で言っていますけど、とにかくリンゴなんです。外見は真っ赤。赤は目を引きますよね。

「紅一点」という言葉があります。この言葉は「男性の集団の中に1人だけ女性がいる」という意味の他に、「ひときわ目立つこと」という意味も持ち合わせています。赤は目立つっていうことです。(元々、紅一点の赤は石榴の赤なんですけどね)見た目が美しいっていうのは、それだけで価値があるものだと思いますが……どっこい私は青リンゴの方が好きです。なんとなく青リンゴの方が香り高い気がするんですよね。ちょっと高いんですけどね、青リンゴ。

まぁ、平たく言えば果物全般が好きです。食べること以上に、愛でることが。そんなことができるのは、そう、青果店。あるいはスーパーの青果コーナーです。うず高く果物たちが積まれている様子は、なんとなく興奮します。興奮するんですよ。興奮しません?おかしいですかね?でもカットされていたり、シールが貼られていたり、包装されていたりすると、もうこれはダメです。興醒めです。その点に関して言えば、海外の青果売り場は、私の好むイメージに近いものがありますね。

 

ちなみに鮮魚売り場も好きです。これまた丸々一匹がずらーっと並んでいるものが好ましいですね。開きだったり、切り身だったりしたら良くないですね。練り物?論外です。

 

悪く言えば、果物にしても鮮魚にしても、死んでいるわけです。そう、彼らはもう死んでいるんです。でも、どれだけ生前の姿に近いかというのはとても大切で、言い換えればどれだけ完璧なカタチとして存在しているか、ここが肝だと思うわけです。完璧なカタチには魂が宿るっていう、まぁそんな感じです。

 

 

 時折、お亡くなりになった人のことを「眠っているみたいだ」と、表現することがありますよね。あるいは「今にも〜しそうだ」のような表現です。これも、その人のカタチがほぼ完璧に残っているからだと思うのです。仮にバラバラに切り刻まれたご遺体があったとして、それにこのような表現を使うことはありません。「死んでいる」という状態は同じですから、違いはそのカタチが、元々の姿と同じか、大きくかけ離れているか、ということのみです。バラバラな死体が動き出したら、そりゃーもうホラーですよ。まぁ綺麗な死体が動いてもホラーなんですけどね。

あるいは、精巧にできた生き物の模型に対して「動き出しそう」という表現を用いますよね。これも、その模型のカタチが、その生き物の生きている姿に酷似しているからだろうと、そう思うわけです。材質は全く違いますから。タンパク質もカルシウムもない無機質ですから。彼らを動き出しそうに見せているのは、これまたカタチなんだなぁと。

創作物の中でも同じです。漫画は読みますか?あるいはアニメは見ますか?漫画の、あるいはアニメの登場人物は、殆どの人にとってその作品の中では"生きているもの"として扱われます。(最近では二次元の枠を飛び越えるような扱いを受けていることもありますが…)何れにしても、これも同じようにその認識を実現させているのは、カタチです。

いや、創作物は流石にリアルやないやろ!と思うでしょうが、この場合大切なのは「どれだけリアルか」ということよりも、「どれだけ表現したい属性に近いか」ということだと思うんです。例えば、魚の切り身。(またかよ)これが本物の魚の切り身でも、プラスチック製の魚の切り身でも、絵の魚の切り身でも、そこに与えられる属性は魚の切り身です。いくら本物でも切り身は切り身。元はリアルな魚の一部でも、切り身という属性を無視して魚本体の属性を得ることはできない。一方、たとえリアルでもプラスチック製でも絵でも、魚本体なら、あるいはそれを表現しているなら、魚本体の属性を得ることができるんじゃないかなぁと思うわけで。

 

だいぶ芯の通っていない文章になってきていますね。お恥ずかしい限りです。

 

昔、葬式に出た時を思い出しまして。もう誰の葬式だったのか覚えていないくらい昔の事で。でも1つだけ覚えていることがあります。ご遺体の鼻にね、ほら、仰向けに寝かされているから鼻の穴が見えるわけですよ。その穴に、白い詰め物が見えたんですね。これがね、当時の私はダメでした。気分が悪くなってしまいまして、何となく吐き気がするというか、そのあとの食事の唐揚げも、何となくそのご遺体から削ぎ取った肉を使っているようで、まともに食べられなかった…というのを朧げながら記憶しています。詰め物を見た時に、本能的に分かってしまったんでしょうかね。「これは生きていたころの人とは違う」と。詰め物だけだったんです。他は綺麗で、それこそ眠っているようで、でもダメだったんですね。カタチが僅かに違うだけで。あの時、明確に死体という属性が付与された…そんな風に思います。

 

そんなことを思い出しましたので、こんな感じでグダグダ書かせて頂きました。カタチって大切なんだなぁ、と。だから、完璧に近いカタチには美しさを感じてしまうんですね。そうでなければ、何となく厭な感じを受けてしまう。そいうのものが、私の根本的なところにあるのかもしれません。だから、果物にしても魚にしても、元々の姿に近い方を好む。のかな?皆さんはどうですかね。

 

兎も角、完璧なカタチには魂が宿る。これは紛れもない真実で、とても大切なことだと思うと、まぁそういう訳です。

 

だからなんだよ(笑)

 

 

と、まぁこんな感じで更新していきます。グダグダを極めたグズグズ人間が書いたような文章でしたが、最後まで読んでくださってありがとうございます。よろしければ、また次回。