ことばの海

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勇者と鍛冶屋(2)

工房から、鉄を打つ音が微かに聞こえる。 規則正しいリズム、俺がよく聞き慣れている音だった。もはや生活音と言っても過言ではないその音だが、自分の鼓動のリズムと微妙にずれていて、どことなく不快だった。 「なんで」 店には俺一人のはずだった。 店の…

鍛冶屋と勇者(1)

雨が窓を叩く。掛け時計のチクタク音をかき消すような強い雨だ。今日は虫の音も、梟の鳴き声も聞こえない。 燭台の上に一本の蝋燭。それが、この部屋を照らす唯一の光源だ。あまりに弱々しく、か細い。 カウンターに突っ伏してみる。普段は木の温もりを感じ…

みきちゃん

「え?」 雨音で声が聞こえなかったから、僕は聞き返した。 「だから、今日一緒に遊ぼうよ」 嘘だ。 本当は聞こえていたけど、その時の僕には聞きたくなかった言葉だったから、諦めてくれないかなあと思ってもう一度聞き返したんだけど、やっぱりダメだった…

お知らせ

当ブログを読んでいただき、ありがとうございます。 実は、前回の記事からとある試みを始めております。どなたからかお題を頂いて、それに沿って書いていく、という試みです。 つきましては、お題を提供してくださる方を募集しております。 記事にコメントし…

林檎

台風がやってきたから、少し昔のことを思い出した。 「だからぁ、絶対青林檎の方が美味しいんだって」 スーパーに買い物に出かけた時、「旬だから」とリンゴを籠に入れた私に、君は「買うなら青林檎だ」と言った。 「いや、それ何が違うのさ」 リンゴに拘り…

ある冬の日(終)

朝、カーテンを開けると、外は一面の雪景色だった。 昨日の夜は、久しぶりに目を覚まさなかった。それだけ深い眠りについていたということだろうか。 受験勉強のストレスもそろそろピークに達しそうで、毎日自分の神経が石臼で挽かれているような気さえする…

ある冬の日(3)

「増築する」 「え」 突然祖父がそんなことを言い出したので、私は咄嗟に「どこを」と聞き返していた。 そんなの自分の家に決まっているだろうに。 「そんなの自分の家に決まってるだろ」 あれから半月が経った。 祖父は検査のために丸1日入院したものの、特…

ある冬の日(2)

厭だなぁ、と思った。 自分の部屋のカーテンを開けたら、墓が見えた。ごく普通の感覚なら、厭だと思うのは普通なのだろうが、部屋がなんとなく薄暗いせいか、それとも少し古めかしいせいなのか、普通とは違う異質な嫌悪感が這い上ってきた。 「これで全部か…

ある冬の日(1)

あれは中学生の頃だっただろうか。 まだ実家は増築されていなかったから、私が高校生より前だったことははっきり覚えている。 高校生になり、私は部活のため遅くまで帰ってこないことが多くなった。 そして、生活リズムが他の家族と大きくズレるようになった…

東京

人壁、そこに無理矢理ギターケースを滑り込ませる。かなり強引に押し込んだ。邪魔なのは分かっている。視線が、舌打ちが、ギターケースと、それを持つ私に向けられていることも分かっている。 しかし、それを跳ね除ける強かさと、最大限周りに配慮する謙虚さ…

継・嫉妬しますよ、その文才。

嫉妬とは醜い感情である。 しかしながら、嫉妬とは時に凄まじい力を持つ。私がこうして言葉を紡いでいるのも、単にその嫉妬のおかげである。 かといって、この言葉を紡ぐ行為自体が素晴らしいものかと言えば、それは甚だ疑問である。 要するに自己満である。…

プレゼント

十二月に入ると、途端に街は騒がしくなる。絶えず流れるクリスマスソング。一層大きくなる客引きの声。駅前にはイルミネーションが設置され、様々な色の電球が煌びやかに輝いている。 久しぶりに訪れた新宿は、冬とはいえやっぱり嫌な臭いが漂っていた。人混…

列だ。長い長い列だ。十一月も半ばを過ぎ、静かな冬の空気が漸く東京にも訪れた。地元の片田舎なら、とっくのとうに一面霜が降りている時期である。その煤竹色の田畑が広がる風景と、一年中ネオンが光り輝く都会との違いに、眩暈さえ覚えるようである。とは…

左耳

その日の目覚めは最悪だった。目覚ましの音を鼓膜が拾ったが、なぜか左耳だけが外界から隔離されていた。何年振りかに味わうこの感覚。一握りの懐かしさと、途方もない煩わしさが左耳の異常事態を告げた。 中耳炎。もしくは外耳炎。この病気に何度となくお世…

「目」【終】

悴んだ指が、家の鍵を何度か遊ばせる。ドアノブに手を掛けると、冬が来たことを告げる音がした。 「ちっ。」 芳賀はイラついていた。鍵をうまく開けられなかったことでも、静電気を受けたことでもない。課題があるという現実に目を向けたからである。小さな…

暑い日

暑い。垂れ落ちた汗が、瞬く間にアスファルトに吸い込まれていく。自分の身体ですら、地面に溶けて消えてしまいそうなほどの灼熱だ。大げさなのは分かっている。だが、この湿度を伴う不快な暑さに対抗するには、多少頭がおかしくなるくらいでなければならな…

日記1

耳の奥から、何かが住み着いているような異音がする。その音は耳ではなく、ひょっとしたら頭蓋の奥から響いてくる音のようにも感じる。私はペットボトルの水で喉を潤し、濡れた唇を拭った。左の指先から鉄の匂いがする。温くなった液体が、胃の中に滑り込ん…

ある荒野にて。

戦があった。さほど大きな合戦ではなかった。それでも人が争えば死人も出る、死人が出るから悲しむ者も出る。嘆かわしい事だ、と玄海は思う。噎せ返るような血の匂い。しかし、この匂いに慣れてしまったという事実が、如何に残酷なことであろうか。 仏門に入…

僻み     

彼にはこれといった信念がない。信念がないというより、それを探し回って迷っているような印象を受ける。精神的な芯がないわけではない。寧ろ彼は、他の人間よりも強靭でしなやかな芯を持っている人物だ。しかし、その拠り所が問題なのだと、私は思う。 私が…

スイングをする理由

私は両手に懐かしい衝撃を感じていた。振り抜いたバットは、やや遠回りをしてボールの底面を擦った。ボールは激しく回転しながら視界の端に消えていき、背後でガシャンと音を立てた。久しく忘れていた感覚を思い出すことは楽しい。そして、意外にも自分のイ…

臭いと非日常

厭な臭いがした。何度か感じたことのあった臭いだったが、それでも厭だった。しかし、よくよく考えてみると、厭なのではなく、慣れない臭いだったといった方が的確な表現なのかもしれない。 私は三人の友人と共に居た。三人とも高校以来の仲である。時々こう…

出会い。

人と人とが繋がる瞬間というものは、例外なく美しいものである。大学生になった私は今までの人生とは比べ物にならない程の、「出会い」を見てきた。野球場の見える公園で、今日もまた、私は人の出会いを見ることになる。 学生とは基本的に群れるものなのだろ…

「人」嫌い

電車から流れ出でくる無数の人々を見送りながら、私は立っていた。それらがエレベータを下っていく様は、本当に車体から何かの液体が噴き出て伝い落ちているようにすら思えてくる。夜のホームには冷たい風が吹いている。あの流れに飲まれてしまえば、この素…

深海魚

雨が上がった夜の街を、私は走っておりました。アスファルトは黒々と濡れており、そこから立ち上ってくる冷気が足首にまとわりついてくるのを感じます。心なしか、浮かんでいる大きな月も水を湛えているようにも思えました街中が水気に満ち満ちていて、まる…

染みつく。

名前の横に五桁の数字をサインする。これにより私は、人生の中の貴重な数時間を削り取って、労働という行為に身を投じることになる。「こんばんは。今日も一日よろしくお願いします。」 何度目だろう。決まりきった挨拶は、相も変わらず口から零れ落ちていく…

出会ってしまった芸術

突き刺すような鋭い音が鼓膜を襲う。閉鎖された暗く狭い箱の中。人々の叫び声。汗はあふれ出て留まることを知らず、滴が鎖骨まで滑り落ちる感覚を、確かに私の肌は感じ取った。六本の弦の上を、彼女の細い指が踊る。その指はあまりにか弱くて、自らがかき鳴…

何故書くのか。

白い球体は地を這うようにこちらに向かってきた。それは小さな砂の粒を弾き飛ばし、不意に飛び上がった。体が無意識に反応し、身構える。刹那、左肩に衝撃が走る。痛みは感じない。今、この痛みは感じる必要のないものだからだ。私の体に当たったボールは地…

AKG20周年記念 『春』

私がその風変わりな少女と初めて出会ったのは、とある病院の中庭だった。 「この花は、何という花ですか。」 それが彼女の発した最初の言葉だった。 私は出版社に勤務している。昔から書き物をすることが好きで、いつかは小説家になりたいと思っていた。いや…

「目」【参】

生暖かい風が強く吹き付ける。地下鉄のホームは無機質で、それでいていやらしい程に生臭い。人という生き物から滲み出た諸々の滓や芥が、この薄暗い空間に溜まっているのだ。毎日の通学には、この地下鉄と最寄り駅へと繋がる線を使う。大学はわりと都会の方…

年末年始奮闘記 2

温泉旅館に来たのなら、まずは温泉に入るべきである。これは殆ど動かすことのできない道理だろう。何故なら、温泉が嫌いなら温泉旅館に来る必要が無いからである。突き詰めるならば、温泉に入りたいからこそ温泉旅館に宿泊するのだ、と言っても過言ではない…